1.はじめに
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変光星現象は恒星(連星・降着円盤も含む)における変動現象である。観測にお ける変動現象(時間変動)は理論の言葉で言えば不安定性(instability)に密接に 関連している。恒星における変動現象を観測することで、星(連星・降着円盤)の 構造や進化に対する情報を得ることができる。変光星の特徴として、観測で得られ る情報とその理論的意味付けの対応が明快であるとともに、比較的小型の機材で最 先端の研究に参加できることが挙げられ、特に観測から本格的な学問に触れる機会 を提供することを目的にする場合には格好の題材である。
特にアマチュアの観測を中心とした従来の変光星観測のイメージとして、一晩に なるべく多数の変光星を測定し、それを集計してデータベースを作成し、後日詳細 な解析を行うタイプの、比較的受動的な(地道な)データ収集が定着しているが、 この講演ではこのタイプのデータ収集が変光星観測に望まれる情報収集の一面を見 ているに過ぎないことを示し、インターネットなどを活用したリアルタイムの変光 星研究への誘いとしたい。
2.変光星観測における情報密度について
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「情報」の概念から変光星観測を論じる時、情報密度(単位時間あたりの情報量) の概念を導入するとわかりやすい。情報密度の時間変動の観点から、変光星は次の 2つに大別できよう。
1) 時間とともに情報密度が大きく変化しない現象 2) 情報密度が時間とともに大きく変化する現象1) は、例えば脈動変光星や食連星などの古典変光星が挙げられる。これらの現象 の観測には、観測点数・観測時間のベースラインを伸ばすことが重要な戦略になる (さらに統計的な場合には星数×時間など)。ゆえにデータ蓄積型の従来のアプロ ーチが有効である。例えば大雑把に言って、S/N は観測点数の1/2乗に比例、周期 の精度(分解能)は観測時間に比例、周期変化率の精度は観測時間の2乗に比例、 などである。既存の(アマチュア)変光星観測団体(AAVSOなど)も、この手法に最 適化された方法をとっているところが多い。
この方法を徹底的に追求したものとして、
a) MACHO survey の副産物としての変光星サーベイ b) RoboScope などの自動望遠鏡などが挙げられる。いずれもコンピュータ技術を駆使して、観測機器の制御、大 面積CCD、高速画像処理などを行える技術の発展によって可能となった、従来型 の延長としての変光星観測の新しい側面である。
一方で、2)のタイプの現象については、観測時間を稼ぐ方法は必ずしも良いアプ
ローチとは限らない。例えば情報密度が指数関数的に変化する場合(振幅が指数関
数的に減衰、情報量が 1/e になる期間の情報量は、それ以降のすべて
の時間の情報量の 1.7倍になる。天体現象には、指数関数的な時間変動を示すもの
が非常に多く(例:新星・超新星・矮新星、フレアなど)、しかもその減衰時間が
短いものが多いために(新星・矮新星などでは数日)、これらの天体を追跡するに
は従来とは異なったアプローチが求められる。
[追記: ガンマ線バーストのような場合、
減光は時間のべき乗則にほぼ従うことが知られている。新星も実はこのべき乗則
にかなりよく従う。詳しくはGRB参照。
新星のプラトーと呼ばれる時期や、超新星の後期は指数関数的に減衰する]
そのような短い減衰時間を持った変動現象を追跡するためには、現象の発見から 観測可能な観測者にいかに早く情報を伝えるかがカギになる。従来はこの目的のた めに天文電報、そしてIAUCなどが使われていたが、不特定多数の観測者・研究者が リアルタイムで結ばれたネットワークの普及によって、このような追跡が観測史上 初めて可能になったと言っても過言ではない。つまり、観測対象に狙いを定めて、 その天体が情報密度の高い現象を示している時期に複数のグループで総力を上げて データを取得するアプローチが変光星観測の一つのトレンドになっている。
しかしながら、従来型・集中管理型に最適化された情報流通機構においては、こ のアプローチを実現するためにいくつかの障壁が存在する。その一つは、情報な必 要な時点で臨機応変に動ける観測者・望遠鏡が必要であることであるが、特にこの 点においてスケジュールにより縛られない中小望遠鏡の活躍に期待するところであ る。また、観測者(現象の発見者)から研究者への情報が眠らされることのないこ とが大事であるが、特に新星・ 超新星などの新天体においては、研究者の望む迅速 な情報流通が現在必ずしも十分に達成されているとは言い難い(*1)。発見の確認や 発見者への応対に携わる可能性の高い公共施設においても、この点に関する理解を 進める活動や働きかけなどを行ってほしい。
(*1) 例えば、桜井氏発見のいて座新星1996 は発見者の報告から確認観測がなされ ないままに半月以上も発見情報がIAU CBAT(天文電報中央局)で眠り、IAUCに公表 されるまでの間の貴重な観測の機会が失われたことは記憶に新しい。[追記]海外の 新星研究者から、日本の新星発見情報は(日本国内での確認を経るために)到着が 遅く、発見情報が伝わった時点では初期観測を行うのにすでに適さない状態である ことが多いなどの指摘も受けている。恒星における新天体は太陽系天体とは異なっ た側面がある。発見情報を最大限に活用するために考えて行かなくてはならない点 である。
3.「戦略的」な変光星観測の例
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2. 2) に該当する現象を狙った「戦略的」な変光星が著明な成果を収めた例をい くつか挙げてみよう。いずれもアマチュアと恒星物理学者がタイアップして行った 共同作業の好例である。
1) Nova Cas 1995 (カシオペア座新星1995)
写真から山本氏が発見した天体であるが、彼は即日国立天文台とVSNETに通報を 行い、公式発表の前に世界の研究者の知るところとなった。天体は1/2日以内に確 認・精密位置測定・初期スペクトル観測・爆発前の星の同定が行われ、いずれもネ ットワークを通じて回覧された。その結果この天体が1967年のHR Del以来の特殊な "slow nova"であることが明らかになり、極大前のスペクトル観測や再増光の予言 がなされるなど、この種類の天体の理解に役立った。このドキュメンタリが "An Electronic Nova" として Sky and Telescope 90, 92 (1995) に掲載されている。 (cf. http://www.kusastro.kyoto-u.ac.jp/vsnet/Novae/ncas95.html)
2) Sakurai's object (桜井天体)
桜井氏の発見した新星状天体である。このスペクトルの観測の結果、水素の輝線 が全く認められず、強いC,Oの吸収線を示す特異な天体であることが明らかになり、 周囲の淡い惑星状星雲の存在とともに、史上3例目(爆発中に同定されたものでは 初めて)の "final helium flash" と呼ばれる恒星進化の極めて特殊な段階の現象 であることが明らかにされた。これらの観測はいずれも1mクラスの望遠鏡でなさ れたもので、機動力に優れた小型望遠鏡が恒星天文学の最先端の題材において活躍 できることを如実に示すものとなった。 (http://www.kusastro.kyoto-u.ac.jp/vsnet/Novae/nsgr96sakurai.html)
3) NGC 2346の中心星の減光
これは惑星状星雲 NGC 2346 の中心星であり、11等のA型星で、星雲を電離する 紫外線を輻射する白色矮星ないし準矮星との周期16日の分光連星として知られてい た。食連星ではなかったが、1982年に突然食を示し始めた(Kohoutek)。これは高温 準矮星からの突発的な質量放出、あるいは連星の前を横切るダストの雲などの解釈 がなされたが、現在では後者の解釈が有力であり、高度に進化した星のエンベロー プ中のダスト雲の形成についての情報を得るための貴重なサンプルと考えられてい る。後者とした場合に確率的には100年に1度の現象と考えられたが、1996年後半 になんと同様の現象が再び見られるようになり、発見者のOverbeek(南アフリカ)と Jones(ニュージーランド)からVSNETを通じて速報されたことで現象の早い段階から の国際共同観測が実現しつつある。この現象は講演時点で進行中であり、観測が望 まれる。
(http://www.kusastro.kyoto-u.ac.jp/vsnet/pec/v651mon.html)
4) 矮新星爆発
最近の特に顕著な成功例として、EG Cncを挙げる。この天体は1977年のアウトバ ーストを故東京天文台長古畑氏が発見したもので、"Huruhata's variable" として 知られていた。以後発見者を含めた熱心なモニターが行われたにもかかわらず、ア ウトバーストが再び捉えられることはなかった。しかし平常状態での観測から、一 部の研究者によってWZ Sge型と呼ばれる 特殊な矮新星ではないかと考えられてきた。 WZ Sge型矮新星とは数十年に1度大規模な アウトバースト を起こす矮新星で、その 確定には爆発中の観測が決め手になる。 そして、1996年11月30日、Schmeer(ドイツ) が待望の19年ぶりの再増光を確認し、即日にVSNETを通じて世界に通報された。発見 の報を受けて、大阪教育大学のグループが発見の晩から51cm望遠鏡でCCD測光を 行い、周期0.05877日の "early superhump" と呼ばれる現象を確認し(IAUCにも掲載)、 その1週間後の京都大学大宇陀観測所での "true superhump"の検出と合わせて、こ の天体がWZ Sge型矮新星に属することを明らかにした。さらに驚くべきことに、こ の天体はその後誰も予期せぬ6回もの小規模の増光をくり返し、再増光中のCCD 測光によって貴重なデータが得られている。特に矮新星現象の場合、数年から数十 年に一度、数日間だけ正体を明らかにする現象を示すことがあり、また現象の終了 後に予期せぬ現象を示すことがあるので、特に機動力に富んだ観測が望まれる分野 である。
(http://www.kusastro.kyoto-u.ac.jp/vsnet/DNe/egcnc.html)
4.まとめ
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変光星観測は、いま従来にない面白い時代を迎えている。特に理論と観測の融合 によってさまざまな現象が解釈され、また現象の予言がなされることで理論と観測 を両輪として変光星に対する理解は飛躍的に高まっている。そしてインターネット などの情報網の発達によって、従来不可能な突発現象の早期観測が現実のものとな りつつある。
現代の変光星観測の特徴として、検出器・コンピュータのさまざまな技術を用い た戦略の豊富さが挙げられる。特に大量・無差別測定(MACHO survey)、自動観測、 広視野観測などが実行・計画されている。
そのような状況のもとで、特に中小望遠鏡に期待したいテーマとして、「限られ た望遠鏡で最大の情報を得る」ことを一つの指導原理としたflexibleな観測スケジ ュール(例えば平常時はモニターや長期観測を行いながら、突発現象は高い優先度 で観測するなど)を提案したい。そして、その天体からの情報を最大限に有効活用 することを常に考えた観測を行うことを期待したい。
また、同時観測も重要なテーマである。特に他波長、宇宙空間からの観測との同 時観測において、日本は地理的にも大変重要な位置を占めている。また、突発現象 などに対して現存の機器を有効活用するために、可能な観測機関で担当(波長や観 測機器)を分担して対応することも重要なことである。
それらの観測や計画に極めて必須なものが観測者・研究者のネットワークである。 変光星分野の連絡網はすでに存在していて、ぜひとも日本の観測者も積極的に活用 していただきたい。(詳しい情報は http://www.kusastro.kyoto-u.ac.jp/vsnet/)
中小望遠鏡を計画するにおいて、変光星観測は最初に立ち上がる観測機器であろ うCCD撮像と低分散分光が最も役にたつ。この魅力ある分野にぜひとも多くの方 や機関の参加を期待したい。
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